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メルマガを読んでいただきありがとうございます。
キングプリンターズ営業課の大林です。

恥ずかしいかぎりですが、仕事中によくミスをします。

勘違いや思い込み、見間違いなど、理由はさまざまです。

ただの確認不足だと言えばそこまでですが、
精神分析で高名な S. フロイトに言わせれば、
勘違いは次のようになります（やや長いですが引用します）。

〔「勘違い」の特徴は〕勘違い（誤った想起）が勘違いとして認識されていなくて信じられているという一点に尽きる。しかし「勘違い」という表現を用いるかどうかは、もうひとつ別の条件に懸かっていると思われる。再生しようとする心的素材の中に客観的現実という性格があることを強調したいとき、私たちは「誤って想起する」と言わずに「勘違いする」と言う。要するに、私たち自身の心的生活の一事実とは別の何か、むしろほかの人の想い出によって確認されたり否定されたりすることが可能なものが想起されようとするとき、「勘違い」と言うのである。この意味での勘違いの反対項は「知らない」である。（1）

意外におもしろいのは、「「誤って想起する」とは言わ」ないという指摘です。

フロイトは、勘違いはただ誤って記憶したから起こるのではなく、
当人のこれまでの慣習やひそかな期待などが本当の原因だと考えます
（いかにもフロイト的な説明によれば、心的な葛藤や無意識的な抑圧が原因です）。

例えば、会議の部屋を間違えるなどもそうです。

いつもA室で開かれる会議がその日はB室で開かれたら、
勘違いしてA室に行くのはいかにもありそうな話です。

会議日程の連絡にはB室と書いてあったはずですが、
当人はA室だとすっかり思い込んでいるので、A室だと記憶します。

会議が開かれてその記憶が「確認されたり否定されたりする」そのときまで、
ともかくそれは「誤った」記憶としては扱われません。

だからこその「勘違い」なのでしょう。

フロイトは「知覚した外的な現実の像は、通常、
知覚する個々人の心的特性をくぐり抜ける中で歪められる」（2）とも言います。

会議がA室で開かれることが当人の〈心の中〉では正しいように、
思い込みが現実を見えなくさせるのです。

勘違いから心理学的な方面に飛ぶことできれば、
見間違えを題材に哲学的発想まで導かれることもあります。

例えば、山道に蛇がいたとします。ですがよく見たら縄だったとします。

このとき、現実に蛇は当然いないので、
勘違いの場合と同様に、この蛇は〈心の中〉にいたと考えたくなります。

しかし、蛇が〈心の中〉にしかいないのなら、どうして山道という現実の場所、
すなわち〈心の外〉にその蛇が見えるのでしょうか。

〈心の中〉にしかないはずの蛇が〈心の外〉に現れて、
それが見えたというのは、奇妙と言えば奇妙です。

大森荘蔵という哲学者は、おもいきって、
いや蛇はたしかにいたんだ、と考えます（3）。

大森哲学の大きな枠組みでは、さまざまなものが「立ち現れ」ます。

「立ち現れ」は現実や非現実、真実や嘘、知覚や記憶に分類されていきますが、
もととなるその「立ち現れ」は一元的であり、
そのかぎりで平等で同じものだと考えます（4）。

肝となるのは、「立ち現れ」がはじめから現実や非現実に区分されているのではない、
という点です。

大森は蛇がいなかったとは考えずに、
蛇が縄に「反転」（5）したのだと述べます。

フロイトにしろ大森にしろ、
私たちが見たり聞いたりするものがいつも正しいとは考えません。
（とくに大森の場合、正しさというゴールを思わぬ位置にずらされた感はありますが。）

よく見るとじつは正しくない、
見たままと違うということなら（すこし無理くりな気もしますが）印刷物もまさにそうです。

続きは後半で。

よく見るとじつは違う。

印刷物の一部はじっさいそう作られています。

網点を拡大してみる（6）

弊社の主力となるオフセット印刷では、印刷面がすべて網点になっています。

顕微鏡のようなもので25倍とかに拡大してみて、
はじめて網目状の点々がお目見えします。

でも、この網店がどうしてきれいな印刷物になるのか、
不思議と言えばそうですよね。

これは人間の視覚能力の限界が関わってきます。

物理的には細かい点が印刷されていますが、
私たちの視力（網膜での光線の処理）はそれら点を判別できません。

正確には処理できないので、ぼんやりとした画像として捉えます。

このとき、個々の点の色が混色されます。

これを色彩科学では「併置加法混色」と呼びます（7）。

現代の印刷は、視覚がもつある種の錯視によって成り立っています。

印刷だけの話かと言えばそうではなく、古くはモザイク画なんかも、
この混色を利用しています
（すこし距離を置いて見れば、パネルの間がぼやけてグラデーションのように見えてきます）。

モザイク画の例（8）

思っているよりは、普段見ているもののなかに〈本物〉はないかもしれません。

前半はあまりにも詭弁的すぎたかもしれませんが、後半はぐっと信憑性をあげて（？）、
視覚科学でも似たようなことは起こっているという話でした。

今回はここまで。

（1）フロイト, S.『日常生活の精神病理』高田珠樹訳、岩波書店、2022年、379頁。
（2）同書、398-399頁。
（3）大森荘蔵『新視覚新論』、 講談社、 2021年、293頁以下参照。
（4）同書、および、大森荘蔵『物と心』、講談社、2015年を参照。
（5）同書、294頁。
（6）Kaneko Masahiro.”印刷の基本その2【点の大小（網店）】”、HEIDELBERG J-Connect、2018、
（閲覧日：2023年10月6日）
（7）色彩検定協会『色彩検定　公式テキスト　 3級編』、公益社団法人色彩科学協会、2019年、26頁。
（8）”Carthage Amour vendangeur mosaïque du IVe s Musée du Louvre” by Unknown 300s, Public domain, via Wikipedia Commons.

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